私はごく最近まで、看護師にとって患者さんへの同情は禁物だと思い込んでいました。
いまとなっては誰からそう言われたのか果たして誰かそう言った人がいたのかさえ覚えていまん。
ただ、同情という言葉から受けるィメージには、人を見下すような、〈お上の慈悲〉的ィメージがあり、
それは患者さんを人として対等にみる見方とは、相容れないと感じていたことは確かです。
たとえば、がん性の疼痛に苦しんでいる患者さんが、その苦痛に耐えられず私に当たり散らした
ならば、いちばん波風を立てない方法は、
〈かわいそうな状況なんだから〉と相手を許すことでしよう。
しかし、私にはそれがどうしてもできなかった。それじゃあ、〈どうせ先の短い人なんだから少
しの我慢だ〉〈相手はまともでないんだから言わせておけ〉って思っているのと同じじゃないか。
相手を人間としてみるならば、安易な同情はいけないんだ。
そう思つたところで、弱つている患者さんに対しては自分の思いを十分に伝えることもできませ
ん。だからストレスが大きくなり、ますますその患者さんとかかわるのがつらくなつてしまうのです。
それが最近、入院経験をした同じ年代の看護師の話を聞いて、目からゥロコが落ちました。
「他愛もないことだけど、『大丈夫』って言われるとすごく安心できたし、『たいへんねJって心か
ら同情されると、本当に心が温かくなったわ」
彼女の言葉を聞いたとき、私ははっとしました。もちろん患者さんによっても言葉の受け止め方
は違うのでしようが、相手のたいへんさに対する共感として同情という感情が出てくるならば、そ
れは別に悪いことではないのかもしれないと思ったのです。
少なくとも、〈相手を人間として見るならば同情は絶対御法度〉と、固く思い定める必要もない
んじやないか。何を自分はここまでかたく考えてきたんだろう、と。そんな気になったのは確かで
す。
そして、そんな思いで患者さんとかかわって見ると、これが実にぐあいがよかったのです。患者
さんの訴えに振り回されるのは相変わらず。それでも、〈こんなことにこだわらざるをえない患者
さん自身がいちばんつらいんだよなあ〉と思えると、心の緊張がふつとゆるむことは確かです。
〈同情〉という言葉は語感が素人っぽいので、こうした私自身の変化を〈共感〉という言葉で語
るほうが、この業界では受け入れられるのかもしれませんね。私自身のなかにも、そんな自分はい
ます。しかし、〈同情は御法度〉という気持ちを捨てたその先に〈共感〉がようやく来たことを思
えば、逆に〈同情と共感は紙一重〉ともいえるのではないでしょうか。
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