2014年5月6日火曜日
同情と共感は紙一重
けっきよくのところ、患者さんと素直に(理屈抜きに)向き合えるかどうかは、その人の堪忍袋
の容量の問題である?
これは私が三年目あたりではじめて患者さんとの人間関係に悩みだしたころ、たまたま出会った
年下の看護師との会話から学んだことでした。それ以後私は、自分の堪忍袋の小ささを自覚し、そ
れなりに対処してきたつもりなのですが、我慢がときに限界まで達してしまうんですね。
ところで、私に大切なことを教えてくれた会話は、以下のようなものでした。別の病院で働く新
人だった彼女は、本当にやさしい人で、私だったら患者さんに対して間違いなく悪感情を抱くだろ
うことでも、彼女は素直に許してしまうんです。
彼女の話に出てきたいちばん激しい患者さんは七十代前半の直腸がんの男性。人工肛門が受け
入れられず、処置をすべて看護師任せにするうえ、少しでもやり方が気にいらないと暴言を吐き、と
きには暴力を振るうこともあったそうです。
「バウチをつけるとき、ちよっとでも強くおなかを押しちやったらもうたいへん。私、不器用だか
ら、押し方がいつも強くなっちやうの。そのたびに『おまえ?!!!!」って叫びながら、腕つか
まれちやって。たいていはそのくらいですむんだけど、このあいだは部屋の外まで追いかけてき
て、背中蹴られちやった」
こんな話をしたうえで、彼女は「患者さんもつらいんだね?」とのほほんと、しかししんみり
と、やさしいほほえみを浮かべながら言うのです。
それを聞いたとき私は、彼女ほどの仕打ちを受けずとも患者さんを受け入れられずに悩んでいる
自分の心の狭さを恥じるとともに、この堪忍袋の大きさの違いはいったいどうして生まれるのだろ
うと考えました。努力でどうなるものと思えないほど、彼女の患者さんに対する見方は寛大だった
のです。
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