2014年5月6日火曜日

ナイチンゲールの苦悩の日々

ナイチンゲールはロンドンとエムブリイの館で繰り広げられる社交界において、その知性の高

さと高潔さと人柄ゆえに、誰にも一目おかれる存在になりました。ですから大成功をおさめた女

性の一人として、そのまま世間の習慣に従って何の疑問も抱かずに暮らしてさえいれば、確実に

上流社会の名高き男性と結婚し、華やかで裕福な生活を送っていたことでしよう。しかし、ナイ

チンゲールの苦しみはこの時すでに始まっていたのです。




ナイチンゲールが不思議な体験をしたのは、十七歳の時です。彼女の私記によれば「一八三七

年二月七日、神は私に語りかけられ、神に仕えよと命じられた」というのがその内容です。ナイ

チンゲールは客観的な他者の声が、人間の言葉で語りかけてくるのを聴いたというのです。今日

の常識では、このようなことがどこまで真実なのか確かめようがありません。彼女は〈内なる声〉

を聴いたと受け取ってもよいのではないでしようか。いずれにせよ、若きナイチンゲールにとっ

て、この出来事は特別の意味を持っていました。




というのは、ナイチンゲールはかなり小さな頃から、どこか普通の子供と違ったところがあり、

日常生活の単調さとバカ騒ぎにどうしても馴染めないものを感じていたからです。彼女は自分が

自分らしく存在するその仕方を、幼い頃から強烈に求めてやまない自我を持っていたのです。そ

んなナイチンゲールでしたから、神の声(内なる声)に耳を傾け、自分の生き方を、現存する安

易で表面的な暮らしの中に模索するのではなく、もっと違った、人間としての真の価値に結びつ

くような何かに求めようとしたとしても不思議ではありません。




しかしながら、彼女の悩みは漠として晴れませんでした。自分は一体何をすればよいのだろう

か、どんな生涯を送ればこの苦しい問いに答えが返ってくるのだろうか……。答えが見つからな

いまま、長い間無意味な時間を費やしていきました。社交界での成功や名声は、こうした状態の

ナイチンゲールにとっては、むしろ迷惑なことであり、逆に苦痛の種と化していったのです。社

交界をとりまく華やかな生活とその思考の中には、彼女が求める自分の使命はひとかけらもない

ことはわかつていましたから……。

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