フロレンス・ナイチンゲールの父、ウイリアム/エドワ-ドと母、フアニイは、一八一八年に結婚する
と、すぐに外国に旅立って行きました。かれらはイタリアでほぼ三年間を暮らしました。
この間に長女、パーセノーブが一八一九年に、そして一八ニ〇年には次女のフロレンスが誕生し
たのです。二人とも出生市のギリシャ名にちなんだ名前が付けられましたが、こうした名前は当
時としてはたいへん珍しかつたと言われています。ウイリアムもファニイもまさかその五十年後
に、自分の娘フロレンスの名にあやかって、世界中にフロレンスという名の女の子が何千、何万
と生れようとは、夢にも考えてはいなかったことでしよう。
この夫婦は揃って顔立ちも良く、知的で、魅力あふれる人物でしたが、決して似合いの夫婦と
はいえませんでした。ファニイは当時三十ニ歳で、ウイリアムよりも六つも年上でしたし、ウイ
リアムが世の快楽には無関心で静寂と安穏を愛し、思索の人であるのに対し、ファニイは社交的
で、気前がよく、快楽を好む派手な性格の持ち主であったからです。しかし二人の前途は明るく
輝いていました。ウイリアムは元の姓をショアといいましたが、大叔父から莫大な財産を相続し
てナイチンゲール姓に改名し、地方貴族として生きることが約束されており、ファニイも商人と
して巨万の富を築き上げたサムエル・スミスの孫でした。かれらの結婚には、英国の上流階級の
暮らしを満喫できる地位と人脈と財産とが、完全に保証されていたのです。
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