2014年5月6日火曜日

ナイチンゲール家の邸宅

一八ニ一年、フロレンスが一歳の時、ナイチンゲール家は英国に戻ることになりました。一家

がイタリアを出発する前に、父ウイリアムは準備のため一度急ぎ英国に帰り、ダービシャーの広

大な敷地に、自ら設計図を引いたゴシック風の館を建築させました。

リハースト荘と名付けられたその屋敷は、なだらかに起伏した美しい田園の丘の上にあり、そ

の見事な眺望はまるで絵のようでした。





しかしファニイによれば、この館はいくつかの欠点を持つていました。それはロンドンから遠

く、足の便が悪い上に、冬は寒気が厳しくて永住の住みかとしては不適だったのです。また社交

好きのファニイには、この家はあまりにも狭すぎました。




そこでニ年間の家探しの結果、一八ニ五年に、ウィリアムはハンプシャー州ロムジイの近くに、

エムブリイ荘を購入したのです。それはジョージ王朝後期の家で、広々とした庭を持つ、素晴ら

しい館でした。ロンドンにも近く、狩?にも適し、ファニイの姉妹の家からも手近にあり、ここ

なら多くの人々を招き入れることができました。





こうしてフロレンスが五歳の頃までには、ナイチンゲール家の生活は、一定のスタイルを描く

ようになりました。すなわち、夏は涼しいリハースト荘で、それ以外はエムブリイ荘で過ごし、

春と秋の社交シーズンには、ロンドンに出て暮らすというスタイルです。そこにはメイドや従僕

や下男たち、また馭者や料理人などが共に生活し、フロレンスはまさに当時の上流階級の典型的

な暮らしのなかにいました。

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